大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和59年(ワ)10456号 判決

原告 甲野花子

〈ほか一名〉

被告 乙山二郎

〈ほか二名〉

被告三名訴訟代理人弁護士 青木武男

同 千葉睿一

同 菊地裕太郎

主文

一  被告乙山二郎は、原告甲野花子に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五九年一〇月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告乙山竹五郎は、原告甲野花子に対し、金七五万円を支払え。

三  原告甲野花子の被告乙山二郎に対するその余の請求を棄却する。

四  原告甲野松太郎の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用中、原告甲野花子について生じた費用を三〇分し、その一〇を被告乙山二郎、その一を被告乙山竹五郎の負担とし、その余及び原告甲野花子以外の者について生じた費用はすべて各支出者の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告乙山両名は、原告両名に対し、金三〇〇万円を支払え。

2  被告乙山二郎(以下「被告二郎」という。)は、原告甲野花子(以下「原告花子」という。)に対し、金三〇五二万円及びこれに対する昭和五九年一〇月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告乙山竹五郎(以下「竹五郎」という。)は、原告甲野松太郎(以下「原告松太郎」という。)に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和五九年一〇月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  被告丙川春夫(以下「被告丙川」という。)は、原告松太郎に対し、金一一〇万円を支払え。

5  訴訟費用は、被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告松太郎は、原告花子の父である。

2  被告竹五郎は、乙山建設を中心とする乙山グループ(資本金合算五億円以上、年商二〇〇億円)のオーナー経営者であり、被告二郎はその二男で、慶応大学を卒業し、丙田株式会社の社員であった。

3  原告花子は、被告竹五郎の親戚にあたる丙山生命保険相互会社の専務取締役丁原夏夫の紹介により、被告二郎と見合いをし、交際のうえ、昭和五七年一〇月ころ、原告側の費用負担のもとに結納をし、同五八年五月一四日、被告丙川の媒酌のもとに、明治記念館において結婚式を挙げ、同年六月七日婚姻届をした。

4(一)  被告二郎には従来から軽度の精神病の持病があり、常時服薬していた。

しかし、同被告は原告花子に対してこれを秘匿し、紹介者丁原にもこれを打ち明けなかった。

また、被告二郎は、原告花子との交際期間中も、右持病や服薬の事実を巧妙に隠蔽し続けた。

(二) 新婚旅行の間、被告二郎は服薬をし続けたようで、薬害のためか、極度の疲労を訴え、無味乾燥な一〇日間であり、原告花子に将来への不安感を抱かせた。後記5(二)の事件の日までの四五日間に、夫婦関係は四、五回にすぎなかった。

(三) 帰国後、新婚生活に入ったが、被告二郎は多種類の薬の服用を続け、原告花子の発見するところとなった。同原告は右薬について追及したが、被告二郎は開き直って、服用は絶対止めないと述べる始末であった。

(四) 原告松太郎は、原告花子の報告により、真相を究めるため、同原告とともに、前記丁原春夫及び被告二郎の伯父である元丙海病院副院長戊田秋夫を介して真相告知の申入れをしたが、被告竹五郎に一蹴された。

また、原告松太郎の介入に対し、被告二郎は、被告竹五郎の庇護のもとに自分勝手な倫理観で対応し、真相を明らかにすることを拒否し、原告花子との夫婦間に不信感を醸成させた。

5(一)  戊田秋夫は、被告二郎に対し、原告花子に病名を明らかにするようにと忠告した。

しかし、被告竹五郎は、同二郎と共謀して、口をつぐみ、隠すことにした。

そのため、被告二郎は、二日間思い悩み、良心の呵責にさいなまれて、一時的に精神病の症状が出、昭和五八年六月二九日、室内に水を撤いて、原告花子を驚愕させた。

(二) 右撤水の数時間後の午後八時ころ、被告二郎は、すべてが原告花子に明らかとなったことから、将来を悲観し、マンション六階の自室ベランダから投身自殺を図り、一命はとりとめたが、婚姻を継続し難い身体状態となり、昭和五九年八月七日、原告花子及び被告二郎は、協議離婚の届け出をした。

6  被告二郎の不法行為

被告二郎は、精神病の持病を丁原夏夫に打ち明けず、原告花子に対してもこれを秘匿したまま、婚姻するに至ったが、婚姻後も持病及び服薬の事実を隠し続け、原告花子の追及に対しても真実を明らかにすることを拒否し通したあげくに、原告花子との婚姻生活を放棄する行為である投身自殺行為を決行した。

これらは、身勝手で無責任な行為であり、投身自殺に至っては相手に有無をいわせず一方的に夫婦の絆を断ち切る離別宣言というべきであり、原告両名に対する不法行為となる。

7  被告竹五郎の不法行為

被告竹五郎は、同二郎の持病を知りながら、これを丁原夏夫に打ち明けず、被告二郎の持病が結婚に対する障害となるため、これを隠し通すよう同被告に唆かし、実行させ、同被告をして原告花子との結婚に踏み切らせ、服薬の事実が発覚したのちは、被告二郎と共謀して口をつぐんで隠し通し、原告松太郎の真相追及に対してはこれを一蹴した。

その結果、被告二郎の自殺行為実行と本件離婚を生ぜしめたのであって、これらは原告両名に対する不法行為を構成する。

8  被告丙川の不法行為

(一) 被告丙川は、弁護士であり、被告竹五郎の三〇年来の知人であるが、その誼みから同被告に媒酌の依頼を受けてこれを引き受けた。その際、被告丙川は、被告二郎に精神病の持病がないことを確認し、その結果を原告側に伝えるべきであるのに、これを怠った。

(二) 次いで、原告花子と被告二郎とが協議離婚の合意に至った時点で、原告花子側としては被告二郎側に対し損害賠償請求をするについて、被告丙川に対し、仲介を依頼したところ、被告丙川は、公平に判断することを確約し、原告花子側と被告二郎側との話合いに関与した。

そして、被告丙川は、双方が弁護士を代理人にたてるならば損害賠償額の基準となる資料が出されるであろうから、それを持ち寄った時点で被告丙川が判断すると述べたので、原告花子は、丁原夏夫に紹介を受けた小林資正弁護士を代理人に選任し、被告側との話合いにあたらせたが、被告側弁護士からの損害賠償額の提示はなく、話合いは失敗に終り、原告花子は被告竹五郎のため無駄な弁護士報酬の出費を強いられた。

9  損害

(一) 被告二郎及び同竹五郎の不法行為により、原告花子は、尋常でない恐怖感を味わい、かつ驚天動地の精神的肉体的苦痛を被り、人生上に汚点を被った。また、原告花子は、被告二郎との婚姻により、年間所得三〇〇万円の得べかりし利益を失った。この損害を填補するためには、後記(三)のほか、被告二郎の行為が同被告の生命財産を放棄する行為であることに鑑み、同被告所有の田園フラワーホームの一戸、目黒三田フラワーマンションの一戸、川越フラワーホームの一戸以上合計六一〇四万円相当の二分の一である三〇五二万円が相当である。

(二) 被告二郎及び同竹五郎の不法行為により、原告松太郎は、驚天動地の精神的苦痛を被った。この損害を填補するためには、後記(三)のほか、被告竹五郎が同二郎に贈与しようとしていたマンション二戸分時価合計四〇〇〇万円の二分の一である二〇〇〇万円が相当である。

(三) 被告二郎及び同竹五郎の不法行為により原告両名が被った精神的損害を填補するための慰藉料としては、被告両名で原告両名に対し、合計三〇〇万円が相当である。

(四) 被告丙川の不法行為により、原告松太郎は、弁護士費用一一〇万円の無駄な出費を被った。

10  よって、原告らは、不法行為に基づく損害賠償として、被告らに対し、

(一) 被告二郎及び同竹五郎の両名において原告両名に対し合計三〇〇万円

(二) 被告二郎において原告花子に対し三〇五二万円

(三) 被告竹五郎において原告松太郎に対し二〇〇〇万円

(四) 被告丙川において原告松太郎に対し一一〇万円

の各金員及び(二)(三)につき訴状送達の日の翌日である昭和五九年一〇月二七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  同3の事実のうち、結納が原告側負担であったことは否認し、その余の事実は認める。

3  同4の(一)の事実は否認し、(二)の事実は否認又は知らない。(三)の事実は否認する。被告二郎は家庭薬を服用したものである。(四)の事実のうち、原告松太郎が被告二郎を精神病患者であると決めつけたので、被告竹五郎がこれを否定したことは認めるが、その余の事実は否認する。

4  同5の(一)の事実は否認する。(二)の事実のうち、昭和五九年八月七日、原告花子及び被告二郎が協議離婚の届け出をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

5  同6及び7の事実は否認する。

6  同8の(一)の事実のうち、被告丙川が弁護士であり、被告竹五郎の三〇年来の知人で、その誼みから被告竹五郎の依頼を承諾して媒酌をしたこと、その際、被告丙川は被告二郎に精神病の持病がないことを確認しなかったことは認めるが、その余の事実は否認する。(二)の事実のうち、被告竹五郎が原告松太郎から損害賠償請求について調停の依頼を受けたこと、双方で弁護士を代理人に選任して代理人同志で交渉した方がよいと述べたこと、原告側は丁原夏夫紹介の小林資正弁護士を選任したことは認めるが、その余の事実は否認する。

7  同9の(一)(二)(三)の事実は争う。(四)の事実は知らない。

第三証拠《省略》

理由

一  原告花子が原告松太郎の知人丁原夏夫の紹介で被告二郎と見合いをし、交際のうえ、昭和五七年一〇月ころ結納を交わし、同五八年五月一四日被告丙川媒酌のもとに結婚式を挙げ、同年六月七日婚姻届をしたこと、同五九年八月七日原告花子及び被告二郎が協議離婚の届け出をしたことはいずれも当事者間に争いがない。

二  そして、《証拠省略》を総合すれば、原告花子及び被告二郎の見合いから離婚に至る経過として、次の事実が認められる。

1  原告花子は、昭和三一年八月四日、建設業を営む原告松太郎の長女として出生し、昭和五二年三月武蔵野音楽大学短期大学部ピアノ科を卒業し、ヤマハのエレクトーン科講師、結婚披露宴における演奏、ピアノの出張教授などをしていた。

被告二郎は、被告竹五郎の二男で、昭和五一年三月慶応大学経済学部、同五三年三月同大学法学部を卒業後、丙田株式会社に入社し、勤務していた。

2  原告松太郎は、昭和五六年秋、前記丁原に原告花子の縁談斡旋を依頼したところ、同人から姻戚関係にある被告竹五郎の二男被告二郎を紹介され、原告花子と被告二郎は、昭和五七年二月に丁原宅で見合いをし、以後二か月に三回位の頻度で交際の機会をもち、同年七、八月ころ本人同志で直接結婚の意思を確認し合い、前記一のとおりの挙式に至った。

3  被告竹五郎の長男一郎は、精神科医甲田十郎から心因反応との診断で投薬を受けたことがあるが、その後建物からの飛降り自殺により死亡していた。

昭和四六年七月、被告竹五郎は高校三年在学中の被告二郎の精神状態が不安定なため、甲田医師を訪ね、相談の結果、躁うつ病の疑いで感情安定剤として炭酸リチウムの処方を受け、二か月に一回程度投薬を受けた。昭和四七年一月には被告二郎本人が甲田医師の診察を受け、感情安定剤のほか抗うつ剤スルモンチールの投与を受けた。その後、甲田医師は、月に一、二度被告竹五郎又はその妻の来訪を受けて、その都度、軽度の躁うつ病の診断のもとに、炭酸リチウムのほか、抗うつ剤としてスルモンチール、トフラニール、トリプタニール、アナフラニール、鎮静剤としてヒルナミン、メレリルなどを適宜に投薬し、服用方法の指示を与えていた。

被告二郎は、昭和五二年七月に甲田医師の診察を受けたほか、その後何度か同医師と面接の機会があり、昭和五二年七月以後も従来同様の処方と投薬を受け続けたが、丙田株式会社に就職後の昭和五六年初めころは被告二郎の状態は安定し、感情安定剤の投与を受けるだけで、抗うつ剤及び鎮静剤の投与は減少し、昭和五七年にはほとんど感情安定剤を投与するだけとなった。

被告二郎及び同竹五郎は、長男の死に関する詳細や被告二郎の右のような健康状態を原告両名に告げることはしなかったが、原告両名においてもこの点について被告二郎及び同竹五郎に問い質すことはしなかった。

4  昭和五八年五月一四日の挙式後、原告花子及び被告二郎はヨーロッパへ九日間の新婚旅行をしたが、旅行の間、被告二郎は疲労した様子に見え、炭酸リチウム服用の影響で体が震えるなどして、夫婦関係も意の如くならなかった。また、被告二郎は、旅行中、国際電話により被告竹五郎と連絡をとることを日課としていた。

帰国後、被告二郎は勤務に復したが、精神状態が落ち着かず、六月三日に被告竹五郎が甲田医師から鎮静剤メレリルと睡眠薬ベンザリン三〇日分以上の投与を受けた。夫婦関係が意の如くならないことは相変らずであった。六月一五、六日ころ、原告花子は被告二郎が薬を服用していることを知り、これについて尋ねても被告二郎が答えないので、急拠赴いた原告松太郎とともに、被告二郎に対し、薬名、服用目的や病名を追及したが、被告二郎は頑としてこれを明らかにすることを拒絶し、被告竹五郎を電話口に呼び出して、原告松太郎に対し被告竹五郎と話すよう求めるのみであった。

六月一七、八日ころ、原告花子は被告二郎の机の中から大量の各種錠剤を発見したので、原告松太郎は六月一九日丁原夫人に従来の経緯を告げた。六月二四日には被告竹五郎夫人から原告松太郎夫人に対し、電話で被告二郎が自律神経失調症で服薬している旨及び挙式前に丙海病院副院長(産婦人科担当)戊田秋夫医師に相談したことがある旨の連絡があった。

六月二七日、原告松太郎は戊田秋夫を訪問し、同人から、原告花子に真実を告げるよう乙山家に伝える旨の確約を得た。同月二八日夜、被告二郎は帰宅当時から腹痛を訴え、不機嫌で、被告竹五郎に電話をして、黄色い薬(コントミン)を服用した旨を伝えた。

六月二九日、被告二郎は朝から落ち着かず、変調を訴えて会社を休み、夕方原告花子が外出先から帰宅したとき、室内の各所は撤水のために水びたしであった。原告花子は異常な気配を感じて、恐怖におののき、被告二郎の隙をみて外出し、被告竹五郎宅に急行して、被告竹五郎夫妻に対し被告二郎の異常な状態を知らせたところ、被告竹五郎夫妻は電話で被告二郎と会話を交わしたが、そのしばらくのち、被告竹五郎宅に被告二郎の事故の知らせがあった。

5  被告二郎は六階から地上に転落し、投身したと判断されたが、一命をとりとめた。しかし、精神能力は低下し、理解能力は一応認められるものの、被告二郎からの意思伝達は困難であり、入院したままで、リハビリに努めてはいるが、回復は頭打ちの状態であり、社会人としての再起は不能であり、正常な婚姻生活を維持することも不可能となった。そのため、原告花子は、乙山家の了解を得て、昭和五九年八月七日、被告二郎と協議離婚した。

以上のとおり認定できる。

しかして、右に認定した事実によれば、被告二郎は大学入学前から軽度の躁うつ病の持病を有していたものであり、就職後の昭和五七年ころには比較的安定した状態にあったが、原告花子との婚姻後、精神的に不安定となり、精神病の持病があること及び常時服薬が必要であることを秘匿して婚姻に至ったため、原告花子に隠れて服薬することが続いたが、結局は服薬の事実を原告花子に知られて追及を受け、被告竹五郎夫妻が戊田医師から原告花子に真実を告げるようにとの勧告を受けたことを知って、精神の不安定度が一層高まり、病気の影響のもとに、遂に六階の自室から飛降り自殺を企図し実行したものと推認できる。

また、被告二郎及び同竹五郎が被告二郎の病名について明確な認識を有したかについては、証人甲田十郎の証言内容と前認定の諸事実を総合すれば、甲田医師は病名を被告竹五郎に告げており、被告二郎も同竹五郎を介してこれを知っていたものと推認できる。

《証拠判断省略》

三  原告花子の被告二郎及び同竹五郎に対する請求について

1  婚姻生活は、夫婦相互間の理解と協力なくしては成り立たないから、男女が婚姻を成立させるにあたっては、それぞれの身体的条件をはじめとして、経済事情、将来の生活設計、家庭観、人生観、性格、趣味、嗜好などについて共通の理解と認識をもつ必要があり、そのためにはこれらに関する情報を相手に伝えておく必要があるものというべきであるが、それが法律上の義務であって、その不開示が不法行為を構成するかに関しては、婚姻前には結婚の条件として自己に不利な事情を敢えて開示はしないのが通常人の心情であり、それには無理からぬものがあって倫理的非難の対象ともなし難いことを考慮すると、一般には単なる消極的不告知が不法行為となることはないというべきで、例外的に、婚姻の決意を左右すべき重要な事実について虚偽の事実を積極的に告知し、相手方を錯誤に陥らせて婚姻に至ったときは、事柄と損害の性質によっては、信義則上違法の評価を受け、不法行為責任を肯定すべき場合がありうるにすぎないと解するのが相当である。

2  右の観点から本件の事実関係のもとで不法行為が成立するかを検討する。

被告二郎がかねてから軽度の躁うつ病の持病を有し、常時感情安定剤を服用するほか、病状不安定の時期には抗うつ剤又は鎮静剤を服用してきた事実はさきに認定したとおりである。

そして、《証拠省略》によれば、躁うつ病は、素質による精神病の一つで、精神の高揚状態と抑うつ状態の振幅が通常人のそれよりも大きいものであり、現在の医学上、対因療法はなく、対症療法として、常時感情安定剤を服用するほか、精神状態の変動に応じて抗うつ剤及び鎮静剤を服用する方法がとられており、これにより重度の躁うつ病でない限り結婚生活や職業生活も可能であること、社会一般の受け止め方として、躁うつ病患者は精神分裂病患者ほどには嫌悪されてはいないこと、ただ、病気の性質上日常生活において精神状態が不安定となることを避ける必要があり、精神状態が悪化したときは家族の協力が必要不可欠であり、配偶者に対しては実情を打ち明けて理解と協力を求める必要があること、また、《証拠省略》によれば、原告花子は、被告二郎との婚姻に至るまでの間、被告二郎の挙措に格別常人と異なるとの印象はもたずおとなしい人物との印象を受けた程度にすぎなかったことが、それぞれ認められる。

そうしてみると、以上に認定したところを総合すれば、持病が躁うつ病で、それも婚姻直前の約二年間はかなり安定し、職業生活を続けていた被告二郎の場合、病名とその程度及び服薬の必要性などを婚姻前に原告花子に告げなかったとしても、それをもって直ちに原告花子らに対する不法行為となると評価することはできないものといわなければならない。

しかしながら、婚姻により精神状態が不安定となったうえ、服薬の事実を原告花子に発見され、追及されて、精神状態が一層不安定となった段階においては、被告二郎は、それ以上の精神状態の悪化を防止し、婚姻生活を維持するために、原告花子に対して真実を告白し、その理解と協力を求めてしかるべきであったものであり、被告二郎がこのような行動に出ることなく、ひたすら秘匿を続けた結果、遂に前認定のとおり婚姻生活の破壊行動に外ならない自殺行為に出るに至ったのは、夫として婚姻生活を維持するために当然尽くすべき義務を故意に懈怠したものに外ならず、これによって原告花子に生じた損害について不法行為責任を負うものといわなければならない。

また、前認定の各事実によれば、被告二郎が右のように秘匿を続けたことについては、すべて被告竹五郎と相談のうえであったと推認できるし、《証拠省略》によれば、被告竹五郎は被告二郎の持病と服薬の必要性については原告花子に告知しておく必要があると認識していた事実が認められるから、被告竹五郎は、被告二郎の右不法行為について共同不法行為者としての責任を負担すべきものといわなければならない。

四  原告松太郎の被告二郎及び同竹五郎に対する請求について

被告二郎及び被告竹五郎の前叙不法行為は、被告二郎の妻である原告花子に対し婚姻関係破壊の結果を招いた行為を原因として成立するものであるが、原告松太郎は同花子の父であって、婚姻関係の当事者ではなく、右被告両名の不法行為により直接損害を被るべき法律上の地位にはない。

原告松太郎は、被告二郎及び同竹五郎の不法行為の結果、多大の精神的損害を被ったと主張するのであるが、直接被害を被った者の近親者の精神的損害について賠償請求が認められるのは、民法七一一条に定める場合のほか、直接の被害者が生命を害されたにも比肩すべき精神上の苦痛を被った場合であって、本件において原告松太郎が右の程度に著しい精神的損害を被ったことについては、未だ本件全証拠によっても認めるに足りないから、原告松太郎の被告二郎及び同竹五郎に対する損害賠償請求は理由がない。

五  原告松太郎の被告丙川に対する請求について

挙式当日の媒酌人を勤めることのみの依頼を受けたいわゆる頼まれ仲人は、法律上原告ら主張のような確認をする義務を負わないものというべきであるし、請求原因8(二)の事実についても、原告松太郎主張の右事実があったとしても、これによって被告丙川が被告竹五郎に対し損害賠償義務を負う法律上の根拠を見出すことができず、原告松太郎の被告丙川に対する請求はいずれも理由がないといわなければならない。

六  進んで、原告花子の損害額について判断する。

1  原告花子は、年間三〇〇万円相当の逸失利益を生じたと主張するけれども、さきに判示したところによれば、本件不法行為は、不作為の欺罔による婚姻について成立するのではなく、婚姻後の夫婦間の協力義務不履行及び婚姻関係破壊行為について成立するものであるところ、原告花子主張の右逸失利益は、婚姻の成立によって生ずるものであって婚姻の破壊によって生ずるものではないうえ、《証拠省略》によれば、原告花子は、婚姻前、前認定のとおりヤマハエレクトーン科講師、結婚披露宴における演奏、ピアノ出張教授等により平均して一月二一万円ないし二二万円程度の収入を有したものであるが、本件婚姻解消後、エレクトーン科講師をピアノ科講師と変更したほかは婚姻前と同様の仕事をし、同程度の収入を得ている事実が認められるから、本件不法行為による逸失利益の発生はこれを認めることができない。

2  次に、原告花子の被った精神的損害について検討すると、《証拠省略》によれば、原告花子は、被告二郎との婚姻が初婚であったこと、昭和五八年六月二九日の被告二郎の撒水及び飛降り自殺企図によって甚大な衝撃を受け、その後は一人で就寝することができないほど恐怖に襲われた状態が続いたことが認められるし、請求原因2の事実は当事者間に争いがなく、また原告が昭和三一年八月四日生まれで婚姻当時満二六歳であったことは前認定のとおりである。

また、《証拠省略》によれば、被告二郎が請求原因9(一)のマンション三戸を住宅ローンの借入金の負担つきで所有している事実が認められるし、また右証拠によれば、本件不法行為の結果原告花子に生じた損害について、被告二郎及び同竹五郎において真摯な謝罪と填補の誠意を有するかについては、多大の疑問がもたれるところといわざるを得ない。

以上の、本件不法行為の性質及び態様、被害結果、両当事者の資力と社会的地位、見合いから離婚に至るまでの経過、謝罪及び損害填補状況など一切の事情を考慮すると、被告二郎及び同竹五郎の共同不法行為により原告花子が被った精神的損害に対する慰藉料は、一〇〇〇万円とするのが相当であり、右被告両名は、右金額について連帯支払義務を負うものである。

七  結論

以上によれば、原告花子の被告二郎に対する請求は、一〇〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日であること記録上明らかな昭和五九年一〇月二七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、同原告の被告竹五郎に対する請求は、右被告二郎についての認容部分と重複してではあるが、七五万円全額について理由があるけれども、被告二郎に対するその余の請求は理由がなくまた原告松太郎の被告ら三名に対する請求は、全部理由がない。

よって、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 稲守孝夫 裁判官川勝隆之及び同黒津英明は転補につき署名押印できない。裁判長裁判官 稲守孝夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例